江戸時代前期の大名で、伊予国吉田藩の初代藩主。明暦3年(1657年)、父から3万石を分知されて藩主となる。性格は驕慢とされ、立藩時には多くの問題があった。父・秀宗の遺言書を偽造したという話も伝わり、宇和島宗家とは対立する。伊達騒動では宗勝の嫡男の家族を預かり、元禄4年(1691年)に家督を次男に譲り隠居。宝永5年(1708年)に死去した。山田騒動では浪人・山田仲左衛門を重用したが、家中が動揺し、最終的には宇和島藩との和解に至る。
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伊達宗純の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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