系譜で辿る日本史

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小笠原貞哲おがさわらさだとし

小笠原貞哲

江戸後期の大名

氏族清和源氏義光流
生没1802年 - 1857年
位階従五位下
官職 近江守 備後守 備中守
幕府職豊前小倉新田藩主

江戸時代後期の大名である。豊前国小倉新田藩(千束藩)の5代藩主を務めた。文化3年(1805年)、父の嫡子となり、文政2年(1819年)には11代将軍徳川家斉に拝謁、従五位下備後守に叙任された。文政5年(1822年)に父の死去により家督を継ぎ、翌年には大番頭に就任したが、天保7年(1836年)に病気を理由に辞任した。藩内で農民の逃散騒動が起こるなどの困難に直面し、天保14年(1843年)に隠居して次男に家督を譲った。隠居後は三楽と称し、安政4年(1857年)に江戸で56歳で死去した。

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