系譜で辿る日本史

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穴山信懸あなやまのぶとお

穴山信懸

甲斐国南部の国人

氏族清和源氏義光流甲斐源氏
生没???年 - 1513年
位階
官職
幕府職

穴山信懸は室町時代後期から戦国時代の武将で、甲斐国南部の国人領主だった。甲斐国における守護武田氏の衰退後、穴山氏は有力国衆として台頭し、甲斐の政治に関与。信懸は文明16年(1484年)に堀越公方の家臣と共に称名寺を訪れ、駿河国守護の今川氏親や伊勢宗瑞とも交流を持った。甲斐国内での権力闘争に巻き込まれ、永正10年(1513年)に息子の手で暗殺された。暗殺の背景には、家督争いや領主権力の強化を巡る内部の対立があったとされる。信懸の死後、息子の穴山信風が家督を継ぎ、駿河今川氏に属した。

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