系譜で辿る日本史

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波多野義常はたのよしつね

波多野義常

波多野氏6代当主

氏族藤原北家秀郷流
生没???年 - 1180年
位階
官職 右馬允
幕府職

平安時代末期の武士である。波多野氏の一族で、相模国波多野荘を所領とする有力者となる。平治の乱後、京に出仕して右馬允の官職を得た。治承4年(1180年)、源頼朝が平氏打倒の兵を挙げると、参向を拒否し暴言を吐いたとされる。同年10月、頼朝の討手が差し向けられると、自害した。嫡男の有常は後に許され鎌倉幕府御家人となった。

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