系譜で辿る日本史

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南部利祥なんぶとしなが

南部利祥

南部氏42代当主

氏族清和源氏義光流
生没1882年 - 1905年
位階正四位
官職
幕府職

学習院初等科3年生のとき、皇太子(後の大正天皇)の学友に選ばれる。東條英教の勧めで陸軍に進み、明治35年(1902年)に陸軍士官学校を卒業し、翌年陸軍騎兵少尉に任命される。父の死去により南部家第42代当主となる。日露戦争が始まると満州で最前線に立ち、明治38年(1905年)に中尉となる。井口嶺の戦いで竹田宮恒久王を守る形で戦死。享年23。戦後、盛岡城本丸の岩手公園に騎馬像が建てられたが、太平洋戦争中に供出され台座だけが残る。

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11親等祖先

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7親等祖先

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10親等祖先

浅井長政

11親等祖先

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