戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した南部信直は、南部氏の第26代当主であり、盛岡藩の藩祖とされる。南部晴政の娘婿となるが、晴政から疎まれたため相続を辞退。しかし晴継の死後、相続問題が発生し、北信愛や八戸政栄の推薦で当主となる。豊臣秀吉との関係を深めるため、前田利家と交流を持つ。九戸政実の乱や朝鮮出兵に関与し、病を抱えつつも肥前名護屋城に参陣。晩年は領内の基盤固めに専念し、盛岡城の築城を計画したが、完成を見ずに54歳で死去。墓所は青森県南部町の三光院にある。
主な祖先
南部信直の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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