江戸時代前期から中期にかけての大名で、相馬氏第21代当主として陸奥相馬中村藩を治めた。延宝7年(1679年)、兄の死去に伴い末期養子として家督を継ぐ。同年に将軍徳川家綱に拝謁し、従五位下弾正少弼に叙任される。元禄2年(1689年)、将軍徳川綱吉に召し出され奥詰となり、その後側衆を務めたが、同年に辞職。元禄14年(1701年)に隠居し、婿養子の叙胤に家督を譲る。享保13年(1728年)に死去。藩士や領内の風俗については豊かではないが義を守ると評価され、個人としては学問があると認められている。
主な祖先
相馬昌胤の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















