江戸時代後期の大名で豊後国森藩第12代藩主。安政7年(1860年)に父の死去により家督を継ぐ。文久3年(1863年)に従五位下・伊予守に叙任。藩主就任後は帰藩を希望しつつ、幕府の命で江戸警備を務める。慶応2年(1866年)、帰藩を許される。幕末期には薩摩藩と接近し尊王論に傾倒、藩論をまとめる。慶応3年(1867年)の大政奉還後、新政府に与する。慶応4年(1868年)、西国筋郡代代官所を占拠し、朝廷から警備を任される。明治2年(1869年)、版籍奉還で知藩事に就任。明治4年(1871年)、廃藩置県で免官、その後東京に移住し、明治12年(1879年)に29歳で死去。








