江戸時代前期の大名で老中。幼少期より徳川家光に小姓として仕える。元和7年(1621年)に書院番頭、元和9年(1623年)に老中に任じられ、寛永元年(1624年)には常陸国柿岡藩主として1万石を領する。寛永4年(1627年)には父の遺領を継ぎ下野国真岡藩4万石となる。寛永9年(1632年)、相模国小田原藩8万5千石に加増され転封。寛永11年(1634年)に38歳で死去。死の直前に弟の助命を懇願し、縁戚に保護を依頼する。次男の正則が跡を継ぎ、母方の伯父斎藤利宗や甥の堀田正盛が後見人となる。
主な祖先
稲葉正勝の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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