系譜で辿る日本史

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織田信応おだのぶまさ

織田信応

丹波国柏原藩の世嗣

氏族称・桓武平氏資盛流
生没1578年 - 1801年
位階
官職
幕府職

江戸時代中期から後期にかけての丹波国柏原藩の世嗣。宝暦8年(1758年)に藩主・織田信旧の三男として生まれ、初名は長煕。父が子供に恵まれず、分家から信憑を養嗣子として迎えていたが、寛政元年(1789年)に信憑の養子となる。翌年、11代将軍・徳川家斉に御目見。享和元年(1801年)に養父に先立ち死去し、享年44。信憑の長男・信守が後を継いだ。墓所は広徳寺にある。

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