江戸時代前期の公卿。皇族として生まれたが、臣籍降下して広幡家を創設し初代当主となる。1649年(慶安2年)、徳川義直の長女・京姫と婚約し、徳川義直の猶子となる。1663年(寛文3年)、霊元天皇より源姓を下賜され、臣籍に下ることが許されるとともに、「広幡」の家号も与えられる。1665年(寛文5年)に従三位・権中納言に任じられ、1668年(寛文8年)には権大納言に昇進するが、翌年薨去する。享年46。広幡家は清華家の家格を有し、以後も続く。
主な祖先
広幡忠幸の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















