江戸時代中期から後期の公卿で、桃園天皇から光格天皇に仕えた。宝暦7年(1757年)に従五位上に叙爵され、その後、清華家三条家の当主として昇進。明和元年(1764年)には従三位に達し公卿となる。左近衛中将、権中納言、権大納言などを歴任し、寛政4年(1792年)には右近衛大将・右馬寮監に就任。寛政8年(1796年)に内大臣、文化11年(1814年)には右大臣となるが、いずれも短期間で辞職。文政6年(1823年)に68歳で薨去。養子には二条治孝の子女がいる。
主な祖先
三条実起の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
養父
配偶者
主な子孫












