閑院宮春仁王は1902年(明治35年)に生まれた旧皇族で、陸軍少将や全日本居合道連盟の第2代会長を務めた。陸軍士官学校や陸軍大学校を経て軍人として活動し、日中戦争では北支那方面軍参謀を務めた。戦後、皇籍を離脱し「閑院春仁」と名乗り、後に「純仁」と改名。1957年には妻とのスキャンダルに見舞われ、1966年に離婚。実業家としても活動し、社長を務めるなど経済的に成功を収めたが、後に経営が行き詰まった。晩年にはヨガや農業改革運動に携わり、1988年(昭和63年)に逝去し、閑院宮家は断絶した。
主な祖先
閑院宮春仁王の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











