系譜で辿る日本史

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正親町雅子おおぎまちなおこ

(新待賢門院)

正親町雅子

仁孝天皇の後宮

女院

准三宮

氏族藤原北家閑院流正親町家
生没1803年 - 1856年
位階
官職 典侍
幕府職

江戸時代後期の女院である正親町雅子は、文政3年(1820年)に仁孝天皇の後宮に入り、権典侍から翌年には典侍に昇進した。天保13年(1842年)には正五位下に叙され、翌年には藤大納言局と称された。弘化4年(1847年)に宮仕えを退き、従三位を与えられて実家に戻る。嘉永2年(1849年)に剃髪し、翌年には准三后として院号宣下を受け新待賢門院と号した。墓所は京都市東山区の泉涌寺にある。

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主な祖先

土岐頼貞

19親等祖先

細川忠興

9親等祖先

西園寺実兼

19親等祖先

冷泉為相

16親等祖先

細川藤孝

10親等祖先

長齢院

10親等祖先

北条朝時

20親等祖先

藤谷為賢

7親等祖先

二条良実

20親等祖先

近衛家基

19親等祖先

正親町雅子の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

敬宮愛子内親王

7親等子孫

黒田清子

6親等子孫

佳子内親王

7親等子孫

秋篠宮文仁親王

6親等子孫

悠仁親王

7親等子孫

今上天皇

6親等子孫

小室眞子

7親等子孫