房子は明治天皇の第7皇女子として生まれ、幼少期を高輪御殿で過ごした。1909年(明治42年)に北白川宮成久王と結婚し、家庭的な良妻賢母として知られる。1923年(大正12年)、フランスでの自動車事故で成久王を失い、自身も大怪我を負った。戦後、1947年(昭和22年)に皇籍を離脱し、女性初の神宮祭主となるなど神社本庁総裁を務めた。戦後の混乱期には財産の保持に尽力し、旧宮家では没落を免れた数少ない例として知られる。1974年(昭和49年)に84歳で死去。彼女の生き方は皇室関係者から賞賛された。
主な祖先
成久王妃房子内親王の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











