鎌倉時代中期から後期にかけて活躍した公卿・歌人で、冷泉家の祖となる。幼少から昇進を重ね、正二位・権中納言に至るが、文保元年(1317年)に出家。父の死後、所領相続で異母兄と争い、母が鎌倉に訴えた。この間、自らも鎌倉で訴訟を行い、勝訴後は鎌倉連歌の発展に寄与。晩年は鎌倉に移住し、将軍を補佐して薨去。『新後撰和歌集』以下に和歌が収められ、家集には『為相百首』がある。娘は8代将軍・久明親王に嫁ぎ、鎌倉の藤ヶ谷に別宅を構えた。浄光明寺に葬られた。
主な祖先
冷泉為相の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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