系譜で辿る日本史

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松平清康まつだいらきよやす

松平清康

安祥松平家の3代当主

氏族三河松平氏
生没1511年 - 1535年
位階
官職
幕府職

戦国時代の武将、松平清康は安祥松平家の3代当主であり、岡崎城と安祥城の城主として知られる。彼の代に岡崎を征服し、西三河を支配下に置くなど、松平家の勢力を拡大した。享禄2年(1529年)には尾島城を攻略し、翌年には東三河に進出、今橋城を落として勢力を広げた。しかし、天文4年(1535年)に尾張への侵攻中、家臣の阿部正豊に暗殺され、享年25で命を落とした。この事件は「森山崩れ」として知られる。清康の死により、家中の不和や内紛が生じたとされるが、彼の築いた基盤は孫の徳川家康へと引き継がれ、後の徳川幕府成立の礎となった。

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主な祖先

松平清康の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
      主な子孫

      中川久通

      7親等子孫

      徳川家治

      7親等子孫

      徳川宗春

      6親等子孫

      立花鑑任

      6親等子孫

      京極高長

      6親等子孫

      徳川家継

      7親等子孫

      徳川宗尹

      6親等子孫

      蜂須賀忠英

      6親等子孫

      中川久慶

      7親等子孫

      小笠原忠基

      6親等子孫