戦国時代の武将で徳川家康の曾祖父にあたる松平信忠は、安祥松平家の2代当主である。文亀3年(1503年)に家督を継いだが、程なくして今川氏の三河侵攻に直面した。永正3年(1506年)の永正三河の乱では、安祥松平軍は今川の大軍を辛くも撃退したものの、信忠自身の軍事的な采配は記録に乏しい。後に家中の意見対立から一門の協議の上で嫡男の清康に家督を譲り、34歳で隠居した。享禄4年(1531年)に死去するまで、出家したまま安祥松平家の当主であった可能性もある。信忠の早期隠居については、家中内の対立や信忠自身の統率力の欠如が背景にあったとされる。











