系譜で辿る日本史

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松平広忠まつだいらひろただ

松平広忠

安城松平家4代当主

氏族三河松平氏
生没1526年 - 1549年
位階
官職
幕府職

戦国時代の武将である松平広忠は、三河国額田郡岡崎城の城主で、安祥松平家第4代当主。幼少期に父・清康が家臣に殺害され、10歳で家督を相続。織田信秀の侵攻や桜井松平家との対立に直面し、逃亡生活を送りつつも、今川義元の支援を受けて岡崎城を奪還した。後半生は織田氏との戦いに費やし、嫡男・竹千代(後の徳川家康)を人質にすることで今川氏との関係を維持した。天文18年(1549年)、24歳で没するも、その死因には暗殺説や病没説がある。広忠の死後、岡崎市に複数の墓所が存在し、後に従二位大納言の官位を贈られた。

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主な祖先

松平広忠の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    徳川治済

    6親等子孫

    柳原紀光

    7親等子孫

    徳川家継

    6親等子孫

    毛利綱元

    6親等子孫

    池田宗政

    7親等子孫

    池田光仲

    6親等子孫

    細川綱利

    6親等子孫

    霊松院

    6親等子孫

    蜂須賀宗英

    7親等子孫

    小笠原忠基

    6親等子孫