系譜で辿る日本史

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徳川吉孚とくがわよしざね

徳川吉孚

水戸藩の世嗣

氏族三河松平氏
生没1685年 - 1709年
位階従三位
官職 右近衛権中将
幕府職

江戸時代中期の水戸藩世嗣であったが、家督相続を果たせずに早世する。貞享2年(1685年)に綱條の三男として生まれ、元服後に5代将軍徳川綱吉の偏諱を受けて吉孚と名乗る。家臣団からの人望も厚く、将来を大いに期待されていた。宝永6年(1709年)に25歳で死去し、諡号は恭伯世子。跡継ぎを失った綱條は甥の宗堯を養嗣子とし、その後、宗堯は吉孚の娘と結婚し、綱條の血筋を伝えた。吉孚は「容顔端麗」で「都下第一ノ美男子」と称され、その姿を見るために多くの人々が集まったと伝えられる。

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