系譜で辿る日本史

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徳川治保とくがわはるもり

徳川治保

常陸国水戸藩の第6代藩主

権中納言

氏族三河松平氏
生没1751年 - 1805年
位階
官職
幕府職

常陸国水戸藩の第6代藩主である。明和3年(1766年)、16歳で家督を継ぐ。治世40年間、藩の財政悪化と百姓一揆に悩まされ、安永7年(1778年)には幕府から財政立て直しを命じられる。天明の大飢饉を契機に改革を進め、寛政2年(1790年)には水戸に入国し藩政改革を断行。農村復興や学問奨励も推進し、『大日本史』編纂を再開。政治顧問として学者を登用し、政策に反映させた。文化2年(1805年)に55歳で死去。優れた文人でもあり、多数の著書を残す。跡を嫡男の治紀が継ぎ、子孫は幕末から明治維新期の徳川家当主として活躍した。

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主な祖先

松平信光

13親等祖先

赤松則村

18親等祖先

後深草天皇

19親等祖先

冷泉為相

15親等祖先

二条尹房

10親等祖先

二条良実

17親等祖先

後陽成天皇

8親等祖先

誠仁親王

9親等祖先

細川頼元

16親等祖先

藤原俊成

18親等祖先

徳川治保の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

徳川家広

7親等子孫

正仁親王妃華子

6親等子孫

平沼正二郎

7親等子孫

松平頼武

6親等子孫