江戸時代中期から後期にかけての大名である松平頼救は、常陸国宍戸藩5代藩主を務めた。従五位下・大炊頭の官位を持ち、書道や茶道に優れた教養人で、『垂裕閣法帖』16巻を編纂した。明和3年(1766年)、先代の松平頼多が死去したため、婿養子として藩主となった。享和2年(1802年)、長男の頼敬に家督を譲って隠居し、その後は大翁、さらに文化5年(1808年)には太玄斎と号した。文政13年(1830年)に75歳で死去。三島由紀夫は彼の来孫である。
主な祖先
松平頼救の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











