室町時代中期から戦国時代初期の武将で、清和源氏義時流の出自を自称。永享の乱(1439年)後、流浪の身となり蓮如と出会い、三河に移住。文安3年(1446年)に小川城を築き、浄土真宗の布教活動に尽力。寛政2年(1461年)には三河における本願寺派の拠点を整備し、本宗寺を建立。応仁2年(1468年)、蓮如に本宗寺を寄進し、三河における門徒武士の指導者として宗派勢力を拡大。文明3年(1471年)、松平信光に臣従し、三男を家老とした。文亀2年(1502年)に死去。石川氏は三河国に多くの史跡を残す。
主な祖先
石川政康の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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