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本多忠寛ほんだただひろ

本多忠寛

神戸藩本多家7代

氏族称・藤原北家九条流
生没1827年 - 1885年
位階従五位下
官職 伊予守
幕府職伊勢神戸藩主

伊勢神戸藩の第6代藩主として、文政10年(1827年)に生まれる。天保11年(1840年)、将軍徳川家慶に拝謁し、父の隠居に伴い藩主となる。天保の改革中の上知令で領地差し替えの危機に直面するも、老中水野忠邦の失脚で免れる。弘化元年(1844年)には一橋門番や日光祭祀奉行を歴任し、嘉永2年(1849年)には竹橋門番を務める。安政4年(1857年)に家督を養子に譲り隠居。明治18年(1885年)に59歳で死去した。

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