若狭小浜藩の第4代藩主。貞享3年(1686年)、父の死去により家督を継承。元禄10年(1697年)、病気の水野勝種に代わり、美作津山藩主森長成の津山城受け取りを松平直明と共に担当。元禄14年(1701年)には、松之大廊下で刃傷を受けた吉良義央の見舞いに鈴木団右衛門を派遣。元禄15年(1703年)の赤穂事件では、鉄砲洲で赤穂義士の引き揚げを阻止。宝永3年(1706年)に嗣子無くして小浜で死去。敦賀藩から忠音を養嗣子に迎え、家督を継がせた。享年37。
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酒井忠囿の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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