系譜で辿る日本史

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保科正英ほしなまさふさ

保科正英

旗本保科家初代当主

氏族称・清和源氏井上氏流
生没1611年 - 1678年
位階
官職
幕府職

江戸時代前期、上総国飯野藩の世嗣として旗本寄合席にあった。小出吉英の三男で、母方の叔父・保科正貞の養子となり、寛永16年(1640年)に徳川家光に初御目見したが、後に廃嫡される。正貞の長男・正景が飯野藩主となると、安房国長狭郡に2000石を分知され旗本寄合席となった。延宝3年(1675年)、家督と知行を次男・正静に譲り隠居し、延宝6年(1678年)に68歳で死去。墓所は麻布の天眞寺。法名は是即。

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