系譜で辿る日本史

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保科正静ほしなまさやす

保科正静

旗本保科家2代当主

氏族称・清和源氏井上氏流
生没1653年 - 1712年
位階
官職
幕府職

江戸時代中期の旗本で、使番や先手弓頭を務めた。寛文7年(1667年)に徳川家綱に初御目見し、延宝3年(1675年)に家督と2000石の知行を相続。天和2年(1682年)、使番となり、500石を加増される。同年、酒井忠真の若年就任に伴い庄内藩の国目付に派遣。貞享2年(1685年)、越後高田城の目付代を務める。元禄9年(1696年)、知行を蔵米に、翌年、上野国2500石に改められた。元禄14年(1701年)には先手弓頭に就任。正徳2年(1712年)に死去。享年60。墓所は麻布の天眞寺。

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主な祖先

源義家

20親等祖先

足利義兼

17親等祖先

北条泰時

17親等祖先

足利義氏

16親等祖先

伊東祐親

19親等祖先

源義国

19親等祖先

北条義時

18親等祖先

北条時政

18親等祖先

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