戦国時代から江戸時代初期の武将で大名。天文22年(1553年)に尾張国名護屋で生まれ、織田信雄に仕える。天正4年(1576年)の三瀬の変では北畠一門の粛清に関与。天正18年(1590年)の小田原征伐では北条氏房の軍を撃退。豊臣秀吉の家臣となり、越中国新川郡野々市1万石を与えられるが、慶長4年(1599年)に家康暗殺を企てたとして改易される。慶長5年(1600年)には徳川秀忠に仕え、再び所領を得る。慶長13年(1608年)に56歳で死去。法号は功運院建忠。
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土方雄久の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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