系譜で辿る日本史

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最上義定もがみよしさだ

最上義定

最上氏第9代当主

氏族清和源氏斯波氏庶流最上氏
生没1492年 - 1520年
位階
官職 修理大夫
幕府職室町幕府羽州探題

永正元年(1504年)、父の死により山形城主となる。同年に永年の宿敵であった寒河江氏に後継者争いがあるのを察知し、3度攻めて和議を結び傘下に入れた。<br>
永正11年(1514年)、伊達氏が山形に侵攻すると長谷堂での戦いに敗北し、一族の多くが戦死する。これにより山形城は伊達氏の脅威に晒され、義定は中野城に移らざるをえなかった。 翌年伊達稙宗の妹を娶って和議を結ぶが、以後は伊達氏の影響力により最上氏宗家の勢力は衰退することとなる。

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12親等祖先

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