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立花貞則たちばなさだのり

立花貞則

筑後国柳河藩の第6代藩主

氏族藤原北家利仁流大友氏庶流立花氏
生没1727年 - 1746年
位階従四位下
官職 飛騨守 伯耆守 丹後守
幕府職

筑後国柳河藩の第6代藩主として生まれる。享保19年(1734年)、父から後継者に選ばれ、元文4年(1739年)に江戸藩邸に入り将軍徳川吉宗に初御目見する。元文5年(1740年)には従五位下丹後守に任官され、寛保2年(1742年)には伯耆守に改める。延享元年(1744年)、父の死により跡を継ぎ、飛騨守に改めるも延享3年(1746年)、豊前国大里浜で謎の暴漢集団に襲撃されて死亡。藩はその死去を秘密にし、数日後に公表。享年20(公式では22)。跡は弟の鑑通が継いだ。墓所は福厳寺にある。

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