- メニュー -
家系図の見方
役職
歴代征夷大将軍
歴代鎌倉幕府執権
歴代室町幕府管領
氏長者
歴代藤氏長者
歴代源氏長者
家別
公家(堂上家一覧)
武家(守護大名)
武家(戦国大名)
武家(近世大名)
- 設定 -
筑後国柳河藩の第12代(公式第11代[1]、最後)の藩主
筑後国柳河藩の第12代藩主である。1845年(弘化2年)、第11代藩主の養嗣子となり、翌年に家督を継ぐ。ペリー来航時には沿岸警備を任され、さらに長崎や上総国の守備も担当した。藩政改革では財政再建と軍備増強を図り、産業奨励のため物産会所を設置し、藩札を発行。長州征伐や戊辰戦争では幕府方や新政府側として参戦した。1869年(明治2年)に賞典禄を受け、版籍奉還後は知藩事となる。1871年(明治4年)の廃藩置県で東京に移住し、1874年(明治7年)に隠居。1909年(明治42年)、81歳で死去した。
菊池持朝
16親等祖先
菊池武光
20親等祖先
立花忠茂
7親等祖先
大友氏時
17親等祖先
大友親著
15親等祖先
菊池兼朝
菊池武朝
18親等祖先
菊池武政
19親等祖先
高橋紹運
9親等祖先