安土桃山時代から江戸時代前期にかけて活躍した武将。天正17年(1589年)に生まれ、関ヶ原の戦いでは久留米城を守るも開城を余儀なくされ、母や弟妹とともに長門国へ移住。慶長6年(1601年)、父の死後に元服し、毛利輝元から7,000石を与えられる。慶長12年(1607年)、毛利輝元の仲介で毛利秀元の妹と結婚し、嫡男元包が誕生。寛永2年(1625年)、領地替えで吉敷に移り1万1,000石に加増され、吉敷毛利家を創設。後に2万石への加増を辞退し、嫡男が幼年のため毛利秀元に後見を依頼した。寛文10年(1670年)に82歳で死去。
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毛利元鎮の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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