明治維新期に活躍した日本の皇族であり、陸軍軍人としても知られる。幕末には仁和寺宮嘉彰親王と名乗り、議定と軍事総裁を務めて戊辰戦争で官軍を指揮。明治3年(1870年)に東伏見宮と改称。佐賀の乱や西南戦争に参戦し、軍事的役割を果たした。維新以来の功績を認められ、1881年(明治14年)に永世皇族となり、翌1882年(明治15年)に小松宮に改称。国際親善にも尽力し、ヨーロッパ各国を歴訪。日清戦争では征清大総督として出征し、参謀総長も務めた。社会事業にも関与し、日本赤十字社や大日本武徳会などの総裁を歴任した。1903年(明治36年)に薨去し、小松宮は一代で絶家となった。











