系譜で辿る日本史

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庭田秀子にわたひでこ

(源秀子)

庭田秀子

後光明天皇の典侍

氏族宇多源氏庭田家
生没???年 - 1685年
位階
官職 典侍
幕府職

庭田秀子は後光明天皇の典侍であり、礼成門院孝子内親王の母。初めは桂方と呼ばれ、典侍就任後は源典侍や小一条局とも称された。慶安3年(1650年)に女一宮を出産し、孝子と名付けられた。後光明天皇が崩御した4年後、孝子は内親王宣下を受ける。秀子は貞享2年(1685年)に死去し、栄雲院の諡号を受ける。墓所は京都府宮津市の智恩寺にある。

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