系譜で辿る日本史

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広橋兼秀ひろはしかねひで

広橋兼秀

広橋家12代当主

氏族藤原北家日野家庶流広橋家
生没1506年 - 1567年
位階従一位
官職 内大臣
幕府職

戦国時代の公家である。永正7年(1510年)に従五位下に叙され、その後、蔵人頭や右大弁を歴任。天文4年(1535年)に正四位上参議となり、翌年には従三位権中納言に昇進。天文11年(1542年)には従二位権大納言に就任するが、翌年に子の国光にその地位を譲る。その後、天文22年(1553年)に大納言に復帰し、弘治3年(1557年)には内大臣となるが、間もなく隠居。永禄10年(1567年)に没する。武家伝奏としても活動し、天文5年(1536年)には周防国の大内義隆のもとを訪れている。

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主な祖先

源頼信

16親等祖先

冷泉天皇

19親等祖先

藤原詮子

20親等祖先

源経基

18親等祖先

三条天皇

19親等祖先

藤原基経

20親等祖先

藤原彰子

19親等祖先

藤原信実

11親等祖先

藤原道隆

18親等祖先

藤原伊尹

20親等祖先

広橋兼秀の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

桃園天皇

10親等子孫

内藤政憲

9親等子孫

光格天皇

10親等子孫

松平忠興

10親等子孫

四条隆平

10親等子孫

閑院宮直仁親王

8親等子孫

松平頼救

9親等子孫

宗義倫

6親等子孫

萩原員光

10親等子孫

貞明皇后

10親等子孫