室町時代後期の公卿である。文安2年(1445年)に元服し治部少輔に任じられる。その後、蔵人や右少弁、左少弁、権右中弁などを歴任し、享徳3年(1454年)には参議となる。康正元年(1455年)には左大弁、翌年には権中納言や右兵衛督、検非違使別当を務め、長禄3年(1459年)以降は武家伝奏を担う。寛正6年(1465年)に従二位、文明2年(1470年)に権大納言、文明5年(1473年)に正二位。文明8年(1476年)には南都伝奏も兼任。後土御門、後柏原天皇の乳母や二条政嗣室を娘に持ち、宮廷に強い人脈を築く。晩年には従一位に叙され准大臣となる。
主な祖先
広橋綱光の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫




















