系譜で辿る日本史

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竹中定矩たけなかさだのり

(竹中重教)

竹中定矩

氏族藤原北家鷹司家庶流鷹司松平家
生没1689年 - 1755年
位階従五位下
官職 周防守
幕府職

江戸幕府の旗本として活動した竹中定矩は、元禄2年(1689年)に生まれ、宝暦5年(1755年)に没した。初めは重教と名乗り、竹中家に婿養子として迎えられた。宝永5年(1708年)に徳川綱吉に拝謁し、享保4年(1719年)には家督を継ぎ寄合に列した。享保7年(1722年)には火事場見廻役に就き、続く年には使番となり、布衣の着用を許された。享保9年(1724年)には甲府城の城請取役として活躍し、享保12年(1727年)には日光奉行に任じられ、従五位下・周防守に叙せられた。享保20年(1735年)には小普請組支配に転じたが、元文5年(1740年)と寛延2年(1749年)にはお咎めを受けて出仕を制限された。享年67で亡くなり、大養寺に葬られた。

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