江戸時代前期の旗本、松平信平は、鷹司松平家の創始者である。1637年(寛永13年)に生まれ、15歳の時に徳川家光の正室であった姉・鷹司孝子を頼り、江戸へ下る。家光から歓迎され、1000俵の廩米と月俸200人扶持を与えられた。1654年(承応3年)には従四位下・左近衛少将に任じられ、松平姓を許される。旗本として異例の高位に就き、最終的には7000石の知行地を得た。1689年(元禄2年)に54歳で死去。公家から武家への転身は、後世の松平長七郎伝説の背景ともなった。
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松平信平の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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