系譜で辿る日本史

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一条秀子いちじょうひでこ

(澄心院)

一条秀子

徳川家定の御簾中

氏族藤原北家御堂流一条家
生没1825年 - 1850年
位階
官職
幕府職

文政8年(1825年)に生まれた一条秀子は、江戸幕府第13代将軍・徳川家定の将軍世子時代の二人目の正室。嘉永元年(1848年)、最初の正室・鷹司任子の死去に伴い、家祥(後の家定)と婚姻。嘉永3年(1850年)に享年26で死去。火傷の後遺症が死因とされる。身長は非常に低く、藤岡屋日記には「三尺」と記される。寛永寺に葬られ、従二位が追贈された。遺体調査では身長130センチと推測され、成長期の病気が原因で骨や歯に変形があったと考えられている。

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