平安時代後期の公卿であり歌人。周防国や筑前国の国司を歴任し、二条天皇の側近と見なされるが、後白河法皇の意向で一時解官される。その後、仁安3年(1168年)に復権し、嘉応2年(1170年)に従三位に昇進し公卿となる。承安元年(1171年)に大宰大弐に就任。和歌・漢詩・管弦に優れ、特に和歌では兄から人麿影供を相伝され、六条藤家を継ぐ。『千載和歌集』などの勅撰和歌集に多数の歌が収録されている。安元2年(1176年)に出家し、法名を蓮寂または蓮家とする。家集に『大宰大弐重家集』がある。
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