系譜で辿る日本史

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藤原頼任ふじわらのよりとう

(藤原公信)

藤原頼任

平安中期の貴族

氏族藤原北家魚名流
生没???年 - 1030年
位階従四位上
官職 右中弁
幕府職

平安時代中期の貴族で、文章生を経て五位蔵人や内記を務めた。三条朝では検非違使右衛門権佐や中宮権大進として藤原妍子に仕え、後一条朝でも皇太后となった妍子に仕え続けた。寛仁元年(1017年)ごろ丹波守に任ぜられたが、不正行為の訴えを受けて叱責され、丹波国に下向。後に善政を訴えられる挙動も見られた。美濃守を務め、従四位上に叙せられた。長元3年(1030年)に卒去。

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主な祖先

応神天皇

19親等祖先

藤原房前

8親等祖先

藤原是公

7親等祖先

藤原長良

6親等祖先

桓武天皇

9親等祖先

橘諸兄

11親等祖先

文徳天皇

6親等祖先

藤原内麻呂

8親等祖先

紀小弓

17親等祖先

大伴金村

14親等祖先

藤原頼任の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    一条家経

    9親等子孫

    九条教実

    8親等子孫

    二条師忠

    9親等子孫

    堀川基具

    8親等子孫

    光明天皇

    11親等子孫

    花園天皇

    10親等子孫

    二条師基

    10親等子孫

    藤原頼経

    8親等子孫

    藤原俊成女

    6親等子孫

    藤原為家

    7親等子孫