平安時代後期の公卿で、正四位下・参議を務めた。崇徳天皇に寵愛され、右少将や左中将、備中介などの要職を歴任した。大治5年(1130年)に叙爵され、保延年間には従四位上に昇進。正四位下に叙されてからは、備後権介や左中将、蔵人頭を経て、久安6年(1150年)には参議・中宮権大夫に就任。仁平2年(1152年)に丹波権守となるが、2年後に43歳で卒去した。康治元年(1142年)には藤原頼長と男色関係にあったとされる。
主な祖先
藤原為通の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
養父
配偶者
主な子孫





















