戦国時代から安土桃山時代にかけての公卿で、官位は従一位・左大臣。享禄2年(1529年)に叙爵し、清華家当主として急速に出世。侍従や左近衛少将、左近衛中将を経て、天文5年(1536年)には従三位に昇進し公卿となる。その後、権中納言や権大納言、右近衛大将を歴任し、天文22年(1553年)には内大臣および左近衛大将に任じられた。翌年には右大臣、弘治3年(1557年)には左大臣に転じ、戦乱期に20年近く左大臣を務めた。永禄元年(1558年)に左近衛大将を辞任し、翌年には従二位に昇進。天正4年(1576年)に左大臣を辞した。
主な祖先
西園寺公朝の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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配偶者
主な子孫





















