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西園寺公兼

西園寺公兼

西園寺家30代当主

氏族藤原北家閑院流西園寺家
生没1765年 - 1772年
位階従五位下
官職 侍従
幕府職

江戸時代中期の公卿で、従一位・右大臣に至る。寛延元年(1748年)に叙爵し、宝暦6年(1756年)に従三位となり公卿入り。権中納言・権大納言を経て、明和元年(1764年)には大歌所別当や踏歌節会外弁を務める。皇太子英仁親王(後の後桃園天皇)の春宮大夫を明和5年(1768年)に拝命するが、明和7年(1770年)の親王の践祚に伴い辞任。安永4年(1775年)には内大臣に任じられ、寛政2年(1790年)に従一位に叙される。寛政8年(1796年)に右大臣就任も辞職し、男子が相次いで死去したため、左大臣二条治孝の三男を養子に迎え、西園寺家を継がせた。これにより、藤原公季の男系血統は断絶した。

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主な祖先

毛利輝元

7親等祖先

二条良実

17親等祖先

阿仏尼

16親等祖先

佐々成政

9親等祖先

土岐頼康

17親等祖先

内藤興盛

9親等祖先

於大の方

9親等祖先

二条尹房

10親等祖先

赤松則祐

17親等祖先

後花園天皇

14親等祖先

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