江戸時代中期の公卿。貞享2年(1685年)に叙爵後、清華家として急速に昇進し、侍従や左近衛少将を経て、元禄9年(1696年)に従三位となり公卿に列する。以後、権中納言や権大納言を歴任し、神宮伝奏を二度務めた。享保9年(1724年)には右近衛大将となり、享保13年(1728年)には内大臣、翌年従一位を授与された。元文3年(1738年)には右大臣、延享2年(1745年)に左大臣となったが同年中に辞職。晩年、病が重くなると太政大臣への昇進を望むも叶わず死去した。
主な祖先
西園寺致季の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















