系譜で辿る日本史

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清水谷公考しみずだにきんなる

清水谷公考

清水谷家22代当主

氏族藤原北家閑院流清水谷家
生没1845年 - 1882年
位階従三位
官職 侍従
幕府職

幼少期に出家し比叡山で生活するが、嘉永7年(1854年)に還俗し清水谷家を継ぐ。安政5年(1858年)には元服して従五位下を受け、文久2年(1862年)に侍従となる。慶応4年(1868年)の戊辰戦争で蝦夷地鎮撫を進言し、箱館裁判所総督に任命される。榎本武揚率いる旧幕府軍との箱館戦争を経て青森に撤退し、その後の戦争処理に関与。明治4年(1871年)からロシアへ留学し、帰国後に家督を継ぐ。明治15年(1882年)に38歳で死去し、従三位を授けられた。学問にも従事し、開拓使の設立に関与した。

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