江戸時代前期の高家旗本である。虎松という通称を持ち、官位は従四位下・侍従、右京亮。慶長15年(1610年)、従五位下に叙任され、徳川秀忠に近侍として召し出される。同年、遠江国敷知郡内で1000石を賜る。慶長19年(1614年)には大坂冬の陣、元和元年(1615年)には大坂夏の陣に参加し、戦功を挙げる。寛永9年(1632年)、父の隠居に伴い家督を継承。寛永18年(1641年)から正保2年(1645年)にかけて、3度にわたり朝廷への幕府の使者として上洛し、高家職としての役割を果たす。慶安3年(1650年)に49歳で死去した。
主な祖先
大沢基重の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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