系譜で辿る日本史

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朝倉景高あさくらかげたか

朝倉景高

朝倉氏の一門

氏族日下部氏流越前朝倉氏
生没1495年 - ???年
位階
官職 右衛門大夫 右兵衛尉
幕府職

戦国時代の武将である。永正16年(1519年)、兵3千を率い美濃国で斎藤彦四郎の勢力と合戦し、正木合戦や池戸合戦で勝利を収め、土岐頼武の守護職就任に貢献した。大永7年(1527年)頃から大野郡司を務めたが、天文5年(1536年)には美濃の混乱に関与し、穴間城を攻略した。しかし、兄・孝景との不和から大野郡司を罷免され、天文9年(1540年)には孝景に対する謀反が発覚し失敗、京を追放された。その後、若狭武田氏に身を寄せ越前侵攻を試みるも、天文12年(1543年)に和泉国堺湊から西国に没落した。

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