系譜で辿る日本史

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小笠原信定おがさわらのぶさだ

小笠原信定

鈴岡城主

氏族清和源氏義光流
生没1521年 - 1569年
位階
官職
幕府職

信濃国の戦国武将である。府中小笠原家の一族として鈴岡城を拠点に活動し、松尾小笠原家に対抗するため鈴岡小笠原家を再興。兄の敗北後も伊那地方で抵抗を続けたが、天文23年(1554年)の武田氏の侵攻により地元での勢力を失う。その後、兄と共に三好氏を頼り客将となり摂津芥川城に滞在。永禄11年(1568年)、織田信長により芥川城が落城し、翌年の本圀寺の変で敗死した。墓所は山城国成恩寺。子の長継は小笠原貞慶に仕えた。

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