系譜で辿る日本史

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相良長誠さがらながとも

相良長誠

氏族藤原南家為憲流
生没1578年 - 1610年
位階
官職
幕府職

相良長誠は、相良氏の一員として生まれ、兄の頼房が島津氏の人質となると代わって薩摩国出水に人質として送られた。天正15年(1587年)、豊臣秀吉が九州征伐で進軍した際には、深水長智とともに秀吉に降伏を申し出た。中城に移住し、家老の娘と結婚するも、家老の出奔により離婚。その後も再婚と離婚を繰り返し、病に苦しみながらも養生生活を続けたが、最終的には病が悪化し、慶長15年(1610年)に中城で亡くなった。法名は光屋清容。永国寺に葬られている。

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主な祖先

相良長頼

15親等祖先

相良長誠の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

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